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大阪地方裁判所 平成5年(わ)3173号 判決

主文

被告人を禁錮一〇月に処する。

この裁判確定の日から三年間刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全て被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、平成二年四月四日午後一一時二五分ころ、業務として普通貨物自動車を運転し、大阪府茨木市五十鈴町一七番四九号先安威川右岸堤防道路を南から北に向け前照灯を下向きにして時速約五〇キロメートルで進行していた。右道路は、照明設備が設置されておらず、かつ、下り勾配の関係で前照灯の照射距離が減少していたため、被告人は、自車の進路前方を十分見通すことができない状況にあった。このような場合、自動車運転者としては、対向して進行してくる自転車などの存在が予想できるのであるから、それら自転車などを前照灯の照射距離の範囲内で発見し、停止して、衝突等回避の措置を未然に講じることができるように、適宜減速するか、または、前照灯を上向きにして進行すべき業務上の注意義務があった。ところが、被告人は、右注意義務に違反して、漫然と前照灯を下向きにしたまま前記速度で進行するという過失を犯した。このため、被告人は、折から北から南に対向して進行してきたA(当時五七歳)運転の自転車を前方約一一・九メートルの地点に初めて発見し、急制動の措置を取るとともに左にハンドルを切ったが及ばず、自車右前部をA運転の自転車前部に衝突させ、Aを路上に転倒させて、脳挫傷・右大腿骨骨折などの傷害を負わせた。その結果、Aは、同月五日午前一時四二分ころ、同市畑田町一一番二五号茨木医誠会病院において、脳挫傷により死亡した。

(証拠)《略》

(法令の適用)

罰条 行為時においては平成三年法律第三一号による改正前の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては右改正後の刑法二一一条前段に該当するところ、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による

刑種の選択 禁錮刑を選択

執行猶予 刑法二五条一項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(主位的訴因を認定せずに予備的訴因を認定した理由)

一  主位的訴因について

1  本件の主位的訴因の要旨は、「被告人は、平成二年四月四日午後一一時二五分ころ、業務として普通貨物自動車を運転し、大阪府茨木市五十鈴町一七番四九号先の安威川右岸堤防道路を南から北に向かい時速約五〇キロメートルで進行するに当たり、前方を注視して道路の安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、右方の安威川を見て前方注視不十分のまま漫然前記速度で進行した過失により、折から北から南に対向してきたA(当時五七歳)運転の自転車を前方約一一・九メートルの地点に初めて発見し、急制動の措置をとるとともに左に転把するも及ばず、自車右前部を右A運転車両の前部に衝突させて同人を路上に転倒させ、よって、同月五日午前一時四二分ころ、同市畑田町一一番二五号所在の茨木医誠会病院において、同人を脳挫傷により死亡させた」というものである。これに対し、弁護人は、被告人にはわき見運転の事実はなく、また、被告人が前方の注視を尽くしていた場合でも被害自転車を制動距離(被告人車と被害自転車との制動距離の合計)内で発見することは困難だったのであるから、被告人には結果回避可能性がなく、たとえ被告人が前方の注視を尽くしていなかったとしても被告人に公訴事実記載のような前方不注視の過失責任を問うことはできないと主張するので、以下検討する。

2  制動距離(狭義の制動距離と空走距離とを加えた「広義の制動距離」を意味する。)について

前掲各証拠によれば、被告人が、被害自転車を発見したときの被告人車の速度は時速約五〇キロメートルであったと認められるところ、本件事故当時のような乾燥したアスファルトの摩擦係数は〇・五五から〇・七五、空走時間は〇・七秒ないし一・〇秒と考えられていることから、被告人車の制動距離は、最長約三一・八メートル、最短約二二・八メートルの範囲内と認められる。

次に、被害自転車の速度について検討する。この点、弁護人は、平成二年四月五日付け実況見分調書添付現場見取図中の被告人の指示説明(被告人車が〈2〉から〈3〉に八・二メートル進む間に、被害自転車は〈ア〉から〈イ〉に三・八メートル進んだというもの)を根拠に、被害自転車の速度は計算上時速約二三・一七キロメートルで走行していたと認めるのが相当であると主張するが、右指示説明が事故直後になされたものであるとしても、被告人が被害自転車を発見してから衝突するまでの間は一瞬のことであるから、何十センチメートル単位までの正確性には疑問があるし(例えば被害自転車の位置が一メートル違うだけで、被害自転車の走行速度は時速約六キロメートルの増減がある)、後記の平成六年六月三〇日付け検証調書によれば、現場付近はかなり暗く、足元の路面が見えないほどであったことを併せ考えると、被害者がこのような高速度で走行していたとは考えがたい。したがって、被害自転車の制動距離は、弁護人主張の約一〇メートルよりは短くなると考えるのが合理的である。

なお、被害自転車の速度を特定するのは相当困難であるといえるが、一般に自転車の通常の走行速度とされている時速一七キロメートルの場合、摩擦係数を〇・七、反応時間を〇・六五秒とするとき、制動距離は四・七メートルになる。もっとも、被害者が相当飲酒していたことを考えると、反応時間が長くなるはずであるし、また、衝突時被害者は自転車に乗った状態で停止には至っていなかったようであることからすると、結果回避のために見込む必要のある被害自転車の進行距離は、前記の四・七メートルよりも長くなることが考えられる。

3  事故当時の現場の見通し状況について

当裁判所は、被告人車と同年式・同型の自動車及びペダルの反射板に黒色テープを貼って隠し、ライトを消灯した状態の自転車(平成六年一月三一日付け捜査報告書によっても、被害自転車に反射板がついていたことやライトを点灯していたことは明らかではないし、その外の証拠からも被害自転車に反射板がついていたこと、ライトが点灯していたことは認めるに足りない。)を用意し、被害者が当時着用していた衣服と色・柄が似ていると認められる衣服を着用した被験者をスタンドを立てた自転車に乗車させ、本件事故当時とほぼ同様の気象条件、照明状況の下で、右自動車を衝突地点の南側に、右自転車を衝突地点の北側に、それぞれ幾とおりか位置を変えて配置することにより、それぞれの位置で、右自動車からの右自転車の視認状況について検証を実施した。その検証の結果を記載した平成六年六月三〇日付け検証調書(以下、単に「検証調書」という。)によれば、前照灯下向きの場合は、衝突地点を狹んで両者の距離が三三メートルくらいに近づいたころから、おぼろげながらうっすらと見え始め、衝突点の南側二四メートルの地点に自動車の前照灯を下向きに点灯した自動車を停止させ、北側五メートルの地点に被験者が乗った自転車を停止させた場合及び南側二二メートルの地点に前同様の自動車を、北側六メートルの地点に自転車をそれぞれ停止させた場合(いずれも自動車の前端と自転車の前端の間の距離が約二八メートルとなった時)には、自動車の運転席から人影を認識でき、自転車のハンドルとライトのガラス部分が自動車のライトに反射して見え、人が自転車に乗っている状態であると分かることが認められる。

4  結論

先に検討したように、被告人車の制動距離は最長約三二メートルに及ぶことも考えられ、これに被害自転車の制動距離(前述のとおり、一般に自転車の通常の走行速度とされる時速一七キロメートルでは、制動距離は四・七三メートルであるが、結果回避のために見込む必要のある被害自転車の進行距離は、それよりも長くなる可能性も考えられる。)が加わることを考えれば、被告人が前方を十分注視していたとしても、被告人車の制動距離と被害自転車の制動距離の和よりも遠い地点で被害者を発見することはできなかった可能性がある。

ところで、検察官は、被告人立会いのもとに作成された平成二年四月五日付け実況見分調書及び被告人の公判供述によれば、被告人が、被害者を発見したのは前方約一一・九メートルの地点であると認められるところ、被告人が前方を注視していたならば、被害自転車を約三〇メートル程度前方で発見できたはずであるから、被告人が前方を注視して発見後直ちに急制動の措置を講じていれば、被害自転車に衝突することは避けられなかったとしても、被告人車のスピードがかなり減速された状態で衝突したであろうと考えられるので、少なくとも被害者の死亡という結果は回避できたはずであると主張する。しかしながら、被告人車と被害自転車の制動距離の和は、被害自転車が通常の時速一七キロメートル程度の速度で進行していたと考えたとしても、最長では約三七メートルにもなり、視認可能と認められる距離約二八メートルを一〇メートル近く上回る可能性がある上、右検証は、自動車・自転車を停止させて行ったものであって、実際に走行している自動車からの視認可能な距離は、右検証の結果よりも更に短くなることが考えられることや、道幅三・三メートルと狭い道路上での正面衝突という本件事故の態様などに照らすと、前照灯を下向きにして時速五〇キロメートルで進行している限り、たとえ前方注視を十分に尽くしていたとしても、本件結果を回避できなかったのではないかとの合理的な疑いが残る。したがって、主位的訴因については、その証明が不十分であるということに帰する。

二  予備的訴因について

1  被告人は、予備的訴因について、自転車は歩道を通行するのが普通であるから自転車が車道を通行してくることは予想できなかった、橋の付近で本件道路に左側から合流している細い道から出てくる車両等を発見するためには前照灯を下向きにしておいた方がよいと考え前照灯は下向きにしていた旨主張し、弁護人は、本件にも許された危険の法理ないし信頼の原則が適用されるべきものであるから、被告人には無灯火で前方不注視のまま車道を走ってくる被害自転車についてまで予測して走行しなければならない義務はなく、また、被告人は制限速度以内で走行していたものであって、被告人には減速義務はなく、市街化地域において前照灯を上向きにしなければならない注意義務もないなどと主張する。

2(1) しかしながら、前記一で説示したとおり、前照灯を下向きにして時速五〇キロメートルで進行している限り、たとえ十分に前方注視を尽くしていても本件事故の結果を回避できなかった可能性があったのであるから、そのような状況下において、自動車運転者としては、衝突等を回避するため、前照灯下向きの照射距離の範囲内でも停止できるように適宜減速するか、前照灯を上向きにして視認可能な範囲を広く採って、自車及び対向自転車の制動距離等の外で対向自転車を発見できるようにするか、いずれかの措置をとるべきであったことは、言うまでもなく明らかである。右のような状況の下で、照射距離の範囲内で停止できるように減速し、あるいは、前照灯を上向きにすることは、全く容易に採りうる措置であって、また、それによって自動車の円滑な交通が害されることもない。現在現場付近は、時速三〇キロメートル制限とされているが、これは、現場の状況から、高速走行は危険であるとの認識に基づき、このような速度規制がなされたものと考えられるのであり、また、前照灯を上向きとすることによる対向自転車に対する危険の小さいことも後述のとおりである。したがって、本件のような道路状況下において、衝突等を回避できないような危険な運転行為を続行することが許されるという道理はないのである。本件では、許された危険の法理や信頼の原則が適用される場面、状況にはないと言わなければならない。

(2) 車道側を通行してくる対向自転車があることは予想できなかったとの被告人の供述については、本件道路を走行する自転車は、歩道を走行することがより安全としても、車道上を通行することを禁止されていたものではなく、現に、平成三年一月二七日付け実況見分調書によれば、見分時において、午後一〇時四〇分から午後一一時三〇分までの五〇分間に、自転車が三台通過し、その内北から南へ向け車道内安威川寄りを通ったものが二台(内一台は無灯火)あり、南から北へ向けて車道内ガードレール側を通ったものが一台(無灯火)あり、ガードレール外側(歩道部分)を通ったものはなかったことが認められ、車道側を通行する自転車はかなりあるものと推測される。被告人の供述によっても、本件道路を走行する自転車の五台に一台は車道を走行していたというのである(もっとも、右の認定に照らすと、被告人のこの供述をそのまま信用できるか疑問はある。)。したがって、被告人は、車道を対向してくる自転車の存在を十分予測することができたはずである。また、その中には無灯火の自転車がありうることも予見できたと考えられる。

(3) 合流する道路があるので前照灯を下向きにしていたとの被告人の供述については、被告人の主張するような前照灯を下向きにする必要性は疑わしいばかりか、仮に被告人の供述のとおり、前照灯を下向きにしていた方が合流する道路の交通の状況が見やすかったとしても、右道路は山科橋西詰よりわずかに南側の地点で合流するものであるから、遅くとも被告人車が合流地点を通過した時点では、前照灯を下向きにする必要性は消滅しているものと考えられるので、その弁解には理由がない。

道路交通法五二条二項、道路交通法施行令二〇条によれば、他の車両と行き違う場合等において、他の車両等の交通を妨げるおそれがあるとき、前照灯の照射方向を下向きとすべき旨が規定されているのであって、道路交通法上はむしろ前照灯を上向きにするのが原則である。日常自動車は市街化地域を走行し、市街化地域では対面交通路が多く、対向車両が多いため、実際上は前照灯を下向きにして走行すべき場合が多いが、それを本件のような一方通行路にまで及ぼす議論は不当であり、本件現場のような道路状況では、原則に戻り、前照灯を上向きにして走行すべきといわなければならない。弁護人は、市街化地域においては、前照灯を上向きにすると眩惑現象が起きるので危険であると主張するけれども、本件道路は一方通行道路であり、対向自動車について眩惑現象を考える必要がなく、自転車や歩行者については、それらの者に眩惑現象を生じたとしても、それによる危険性は本件のような衝突事故の危険性と比較して格段に小さいものであると考えられる。したがって、弁護人の右主張は相当でなく、本件現場のような道路状況下では、前照灯を上向きにして走行すべきといわざるをえない。

検証調書などによれば、本件道路の勾配状況は、南から山科橋西詰に向かって四・一パーセントの登り勾配(高低差約一・二メートル)、そこから約三六メートルはほぼ平坦で、その後約二九メートルの間が五・五パーセントの下り勾配(高低差約一・六メートル)となり、ふたたび平坦道路となっているが、前照灯を上向きにしていれば、山科橋西詰付近に停車している自動車から約六八メートル先の無灯火で反射板を付けていない自転車を発見することができ、さらに自動車を北に進ませ下り勾配にさしかかると、一旦は勾配の関係で前照灯の照射範囲は減少するものの、衝突地点から三〇メートル南の地点(下り勾配の途中、平坦路の約七・六メートル手前)から四五メートル先の前同様の自転車を見通すことはできるものであるから、先に検討した被告人車の最長の制動距離に弁護人主張の被害自転車の制動距離を加えても、十分結果を回避することが可能であると認められる。

(4) また、弁護人の、本件事故は被害者側の落ち度が著しく被告人には過失がないとの主張については、確かに、被害自転車は無灯火であった疑いがあり、そうであれば、この点は被害者の落ち度といえる。しかし、被害者がライトを点灯してさえいれば、被告人も被害者を、早期に発見することができて、本件事故を未然に回避できた可能性が考えられるとしても、そもそも被告人の注意義務は、前示のとおり、無灯火の自転車を含めて想定されるものであって、本件のような場合において、自転車の運転手が無灯火による危険の結果を全て負担するものとし、被告人は、その責任を全て免れるというのは相当でない。被害者は本件事故の二時間半くらい前まで酒は飲んでいたとは認められるものの、平素の被害者の酒量を考えれば、さほどひどく酔っていたとは思われないし、前記のとおりの本件道路の勾配状況及び被告人車が前照灯を下向きにしていたことなどに照らすと、北から南に進行していた被害者としては、勾配の関係で、被告人車が坂を上りきって山科橋西詰付近に来た時点で初めて被告人車の接近に気づいたということも十分考えられる。被害者が被告人車の発見後、土手の方ではなく、より安全なガードレール(鉄製パイプ柵)の方へ接近していったとしても、それは、とっさの判断であって、非難されなければならないような事柄ではない。したがって、被害者の落ち度が著しいとは言えない。

3  以上によれば、被告人には、前照灯を上向きにするか、照射距離に応じて適宜減速するなどして衝突等を回避する措置を講じることができるようにして進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然前照灯を下向きのまま時速五〇キロメートルで進行した過失を認めるのが相当である。

4  なお、弁護人は、検察官の予備的訴因の追加請求は時期に遅れた訴因変更請求であり、迅速かつ公正な裁判という法の趣旨に反するものであるから、裁判所は、右請求を却下すべきであったと主張するので、この点について検討する。

裁判所は、検察官から訴因変更の請求があったときは、公訴事実の同一性を害しない限り訴因変更を許さなければならないこととされている(刑事訴訟法三一二条一項)。しかしながら、迅速かつ公正な裁判の要請という観点から、訴訟の経過に鑑み検察官の訴因変更請求が誠実な権利行使と認められず、権利の濫用にあたる場合には、刑事訴訟規則一条に基づき、訴因変更は許されないとすることもありうるものと解される。

そして、権利濫用にあたるか否かは、訴因変更が訴訟のどのような段階でなされたかとの点や、審理期間の長短のほか、訴因変更がされることによって被告人側が根本的に立証活動を立て直すことを余儀なくされるなど被告人の防御に実質的に不利益を及ぼすか否かとの点や、審理が遅延することにより迅速な裁判の要請が害されるかなどの点を総合考慮して、事案に即して実質的に判断すべきものと考えられる。

本件では、二度にわたって破棄差戻しの判決がされ、その第三次第一審の最終段階で、起訴後四年余りを経た時期に、予備的訴因の追加請求がされたものであるが、検察官、弁護人とも、本件訴因の追加後に新たな立証をほとんど必要としなかったものであり、訴因の追加による訴訟の遅延という事情は認められない。また、第二次控訴審は、訴因変更の可能性を指摘した上で原裁判所に差し戻していたのであるから、本件訴因の追加請求を許可したとしても、被告人に対して不当な不意打ちとなるなど被告人の防御に実質的な不利益を及ぼすものではない。弁護人は、裁判所が進行打ち合わせの期日に検察官に訴因変更を促したにもかかわらず、検察官がその必要性はないとして訴因変更をしなかったと主張するが、右弁論は証拠に基づかない主張であり、検察官としても、裁判所が平成六年六月一〇日に実施した検証の結果から、その必要を認めて訴因の追加請求をしたものと考えられ、それ以前から訴因変更の機会が与えられており、かつ、その必要があったにもかかわらず、不当にその権利を行使しないで放置していたというような事情は認められない。

したがって、検察官の予備的訴因の追加請求が、権利の濫用にあたるものとは認められないから、弁護人の右主張は採用できない。

三  以上により、主位的訴因については犯罪の証明がないが、予備的訴因についてはその証明が十分であると判断した。

(量刑の事情)

本件は、被告人が深夜照明のない下り坂の道路を前照灯が下向きのまま減速せず走行したため、自転車に乗って対向していた被害者の発見が遅れて衝突し、被害者を死亡させたという事案であり、生じた結果は重大である。被告人は、本件道路はいつも前照灯を下向きで時速五〇キロメートルくらいで走っていたが事故はそれまで起きなかったなどと述べており、本件においても被害者を衝突直前まで発見できなかったこと、発見が遅れた点についての合理的な説明もできないこと、本件時は飲酒後でアルコールを身体に保有した状態であったこと、これまでに、前方不注視による業務上過失傷害の前科が二件あることを考えると、日頃の運転態度そのものにも問題があったものと言わなければならない。

しかしながら、本件においては、被害者も無灯火で道路の中央付近を走行していたと思われる点や、被告人と被害者の遺族との間で示談が成立していることなど被告人のために有利に考えるべき事情も認められる。

これらの事情を総合して考慮すると、主文の量刑が相当である。

(裁判長裁判官 松本芳希 裁判官 岡田 信 裁判官 溝国理津子)

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